サイドストーリー
感情が味を左右する
料理の味の決め手は?そんな問いに世の中の料理人はなんと答えるのだろう。素材?鮮度?センス? 料理長の榎本さんなら「ホールのスタッフの接客」と答えるのかもしれない。一皿を提供する時の印象が料理の味わい方を変える、という話が印象的だった。飲食の世界を知らなければ恐らく考えつきようもない答え。テーブルで料理を待っている場面を想像してみると、確かにそうかもしれないと思った。
「自分が作った料理がたとえ美味しくなくても、スタッフが笑顔で出せば美味しくなるんです。だから調理場とホールとの関係が大切なんです」。料理をお皿の中で完結させず、レストランという空間が丸ごと料理であるかのように客をもてなし味わってもらう。インタビューを通してそんな考え方を知り、榎本さんの料理を食べてみたいという気持ちがじわじわと湧いてきた。
インタビューの翌日、伊東港に撮影に行った。色とりどりできらきらと光る魚介類と同じくらいに、マスクで顔の半分が隠れていても豊かな表情を感じさせる、漁師や仲買人たちの鋭い目に惹かれるものを感じた。ベルトコンベアを流れる大量の魚を選別する目。競りの結果を待ち入札した魚を見つめる眼差し。この人たちが認めた魚を食べてみたい。伊東港にはそう思わせる目をした人がたくさんいた。これもまた、人を食へと導くひとつの感情なのかもしれないと思った。
そのときそのときの感情によって料理の味が変わる。そんなこと考えてもみなかった、と思っていたが、実は苦い思い出だからすぐには思い出せなかっただけで、美味しいはずの料理を食べてもちっとも味のしなかった宴会が過去に何度もあった。嬉しい気持ちは料理を美味しくする。このことを知っただけでも、日々のご飯が美味しくなる気がした。
映像撮影 峰村博征
映像監督 福村昌平
写真・文 高重乃輔